画像:ライン
東京コロニーのご紹介

社会福祉法人東京コロニー



自立への道


  不治の病といわれた結核が、アメリカからもたらされた特効薬によって治る病気になったのは第二次世界大戦後まもなくのことでした。敗戦後の混乱の中で、後遺症を抱えながら病院を出ることになった患者たちの多くは、退院後帰る家や働く場所もない状態にありました。そのような時代、生きるためにやむにやまれず立ち上がった患者たちによって、世界的にも例を見ない結核患者自身の組織が生まれ、医師や医療従事者の協力を得ながら、自力で生活の場と、仕事の場を作り始めました。それがコロニー建設の始まりです。

創設当時の汽車の家

 

 昭和42年までは結核の後遺症は障害と認められておらず、障害者福祉の枠の外にあったため、施設や事業運営には一切公費の援助が得られませんでした。コロニー建設の運動をはじめたころにはこうした組織が全国で40か所を超えるまでになっていましたが、現在「社団法人ゼンコロ」としてその組織に残っているのは12法人に過ぎず、その多くはつぶれて消えてしまいました。

  東京においては昭和25年から34年にかけて、国鉄から払い下げてもらった汽車の家や中古のバラックを足がかりに、現在の東京コロニーの前身となる三つの法人が旗揚げしましたが、これらが段階的に合併を行い、昭和47年に社会福祉法人東京コロニーが誕生しました。


 

現 在


  東京コロニーには現在8つの授産施設(社会就労センター)と2つの福祉工場があり、印刷やシステム開発、メールサービス、障害者アートの有料貸出し事業、防災・産業安全用品製造販売、縫製、製袋などを行っています。また公益事業としてシステム開発、IT技術者在宅養成事業、有料職業紹介事業、在宅障害者就労支援事業などを行っていますが、最近グループホームやホームヘルプ事業などの福祉事業にもすこしずつ展開をはじめているところです。

  2005年度末現在で、東京コロニーの総人員は621名で、内訳は障害者が351名と障害を持たない者が270名となっており、かなりの割合で障害のない従業員が一緒に働いています。事業を拡大し一定以上の賃金(工賃)を確保するためには、営業力が不可欠との考えの下に、50人ほどが営業専門の職員として配置されているほか、大型の印刷機のオペレータなど、健常者でなければ対応が困難な仕事にその多くが携わっています。

  一方、パソコンを使った編集やレイアウトの部門や印刷製本の部門、メーリング部門、管理部門などでは多くの障害者従業員が力を発揮しています。初期においては内部障害者が主力となっていましたが、現在では身体障害者ばかりではなく、知的障害者、精神障害者、難病者などが加わって、それぞれの得意分野を生かしながら働いています。

  事業内容が膨らみ多様な人々が参加するようになっても、こうした歴史が背景にあるため、私たちの法人にとっては、障害者は対象者ではなく働く仲間であるという意識がその根底に横たわっているのです。

  東京コロニーでは、法人に所属する障害者ばかりでなく、広く一般の障害者を対象とした事業も行っています。

  IT技術者在宅養成事業は在宅で2年間ITスキルやビジネスマナーなどを身につけ一定のレベルに達した障害者が、在宅のまま一般企業への就職を実現させることを支援すること業です。受講者の多くが就職に結びついており、実績を上げています。

  職業紹介事業は雇用率未達成企業の企業名公表などが影響して、企業からの問い合わせや相談が増えてきています。講習会に講師の派遣を行うこと、企業の人事担当者へ個別のアドバイスを行うことなどを通じて実績につなげています。

  障害者アートの有料貸出し事業(アートビリティ)は今年26年目を迎えました。全国の障害があるアーティストの作品を画像データとして貸出し、印刷物などに使っていただき、著作権使用料として貸出し料の6割をアーティストに支払うシステムです。200人のアーティストの作品3,200点を擁するライブラリィに成長しました。

アートビリティ大賞

 

 これらの事業を通じて多くの企業とのコラボレーションの機会が生まれました。こうした事業には企業が求めるCSRの要求にマッチする面があると思われ、今後の事業を展望するためのヒントになると考えています。企業からの技術援助や、事業運営費やイベントに対して協賛や協力をいただけることは、事業を継続させる上で大きな支えになっています。


 

未来への挑戦


  ここ数年、主力事業の印刷の売上が伸びず東京コロニーの授産事業は大きな試練にさらされているため、打開策を見出すべく改革を進めているところです。何より重要な事は、東京コロニーのファンになっていただく事であり、顧客満足を高め、信頼に足るパートナーとしてお付き合いいただけるようになる事が重要だと思っています。

  まず2002年には日本財団のご支援のもと第二印刷所を東村山に建築し、中野と東村山それぞれに稼動していた2つの印刷工場(授産施設)の印刷製本部門を統合し、効率化と合理化のための事業統合を行いました。この際、サーマルタイプのCTPとカラーマネジメントシステム、4色機、中とじのフルラインなどを導入し、品質を高めるとともに、生産ラインの強化をいたしました。合わせて主要生産設備についてはシフト勤務なども導入、生産性を確保しました。

  2005年には事務部門と営業部門の統合化を行い、全面的に一体運営できるようにいたしました。


新工場への印刷機の移転

 

 もう一つの改革は従業員の意識の改革を伴うものです。従業員のひとり1人のスキルを向上させ、東京コロニーが提供できるさまざまな事業をお客様にご紹介し、総合的な提案をしていく力をつけること。障害者が関与できる新しい事業領域を開拓し、印刷に続く新しい事業の柱をつくること等、大きな課題があります。

  つまりは一般の企業ならばこうした状況において取組むであろうことについてはすべて取組みつつ、そのうえで福祉分野や障害者就労の専門集団としてのノウハウをお客様にご提供し、東京コロニーと付き合っていて良かったと言って頂けるようになる事を、最終的な目標にしております。

 おかげさまで、2010年6月には法人としてプライバシーマークの認定を受ける事が出来ました。さらに改革を進めるコロニー印刷を、今後ともよろしくお願い申しあげます。