37年間お疲れ様でした
2011年12月20日付 37年の長きにわたってコロニー印刷で活躍された安部さんが退職されます。お疲れ様でした。ちょっとインタビューしてみました。
Q:コロニーに入ったきっかけは?
ろう学校を卒業して上京し就職しましたが、仕事の環境に合わず転々と5年ほど過ごしました。ある時、障害者関係の大会がありました。そこで調さん(元東京コロニー理事長)の舞台挨拶を聴き、大変感動しました(結核回復者たちが社会に出ても働けず、自分の手で開拓していくという趣旨)。その後、コロニー印刷の求人広告が新聞に載っていたのを見て応募しました。あの頃東京では手話通訳者派遣事業が出来たばかりで、初めて通訳者を同行しました。
Q:コロニーに入ってから困ったことは?
職場の中で手話のできる人はいませんでしたが、私が入った後手話サークルができ、周りの人が徐々に覚えていってくれましたので、それほど困りませんでした。仕事のコミュニケーションは筆談でやってきましたが、時に通じない場面もありました。
Q:楽しかったこと、よかったことは?
仕事は印刷をずっとやってきました。最初機械の操作を覚えるとき、普通は音で聞き分けるところをそれができなかったので、トラブルが起きないように調整を充分やるように心がけました。注意しても2枚通しされ白紙が混ざってしまい、お客様に怒られたこともありました。当時工場長がろう者のために「印刷知識」の講習会を開き、トラブルの原因が機械だけでなく、紙の質や部屋の湿度、版、製本の知識の理解が必要だと説明してくれました。とても勉強になりました。情報不足のひとつとも言えますね。中野工場、東村山工場にも周りの人から音に関していつも助けていただき、感謝しています。中野工場で手話サークルを始めたわけですが、普段の勉強会、終わった後の飲み会、夏のキャンプ、冬のクリスマス会など楽しかった思い出です。
Q:今、障害者運動で力を入れていることは?
障害者の権利条約が国連で採択されたが、日本はまだ批准していません。運動を進めることが必要ですまた、聴覚障害者を含め、どんな障害者に対しても情報を保障する「情報・コミュニケーション法」(仮)の制定を実現したいと思います。3.11の震災のような大きな災害の様子や交通機関の情報が分からず苦労しました。普段の生活の中でも、コロニーの避難訓練の予定が聞かされてなかったことや、大切な話の連絡がなかったこともありました。これからも聴覚障害者に対して情報提供などのご配慮をお願いします。
Q:ありがとうございました。コロニー退職後も、ぜひご活躍下さい。
AB:こちらこそ、ありがとうございました。
(聞き手:星)